2011 10
07
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彼は偉大な、プランナーだった

カテゴリ:雑談 タグ :

10月6日。
スティーブ・ジョブズが亡くなった日として、当分は騒がされるだろう。

「彼は伝説に、神話になった」

そう言った発言も、ネット上ではちらほら見られる。
なるほど、この騒然とした雰囲気。確かに歴史の一舞台のようだ。
少なくとも今まで見てきた、偉人のどの死よりも悲しまれているように見える。

ただ、それは私がそういった業界にいるからであって
恐らくは無関係の業界であれば、それほど大きなニュースではないのだろう。
むしろそんな事より、アイドルや芸能人に関するニュースのが大事だろう。
現に十代女性が良く使うとされるmixiではジョブズはトップニュースではない。

それともう一つ。
彼は偉大なクリエイターだと称されているのを見かける。

これは、違うんじゃないか。

私にとってのジョブズは偉大な「経営者」である。
決して「技術者」でもなければ「クリエイター」ではないと思う。
勿論広義で見ればクリエイターなのかもしれない。

ただそれ以上に彼は、やはり経営者である、と言えるだろう。
その大きな理由は、もう一人のスティーブにある。

ウォズニアックの存在
スティーブ・ウォズニアック。

技術者であれば、この人物の名は非常に有名だ。
ウォズの魔法使いの異名を持つ彼はAppleの共同設立者でもある。
そして何よりAppleの根幹とも言うべき、Apple ⅠとⅡをほぼ独自に設計・開発。
自分とは違うもう一人のスティーブを大きく支えた。

彼がいたからこそ、今日のAppleが存在しているのは間違いない。
そしてそれが今のiMacやiPhoneに活かされているという事も。

私はどうにもこのウォズニアックとジョブズの関係を自分に重ねずにはいられない。
だからこそか。
余計にジョブズがクリエイター、技術者である、というのには合点がいかない。

悪い言い方をすれば、ジョブズはウォズを上手に使いこなし
そしてウォズもそれに乗っかった。
何故ならそこに二人にとっての利益があったからだ。
彼らは親友であったのだろう。
また互いの存在が互いの人生に大きく影響を与えたであろう事もわかる。

私の環境にも、似たようなことがあった。
丁度、Appleを創業したジョブズとウォズと同年代のときの話だ。

もう一人の自分とも言える存在
話は脱線するが、私にも似たような友人がいる。
技術屋で最先端を駆け抜けている友人が。
私も元は技術屋であるが、彼を見て技術を捨てた。
厳密には捨てたわけではなく、当時技術屋を目指していたが、諦めた。
良くも悪くも彼のおかげで私の人生は変わった。

彼はとても優秀で、私が考える一歩先どころか十歩先を行く。
技術者としての自分は当時、若くてサーバーをいじれるという自負があった。
勿論その頃は彼もサーバーはいじれなかった。だが、直感した。
そんな差など、ないも等しいのだと。

Javaをいじっていた頃のことだ。
一緒に仕事をしていて、彼は「Javaは軽くしか触ったことが無い」と言っていた。
しかし、私は一切不安に思わなかった。
彼の技術力はおおよそわかっていたし、彼の自信も見て取れたからだ。
何より一緒にやっていれば何とかなるだろう、そういう思いもあった。
だが、実際には私の予想を上回った。

Javaを学び始めて一週間もしないうちに、彼はフレームワークを理解し
またそれを利用したプログラミングも順調に終わらせていった。
量はなかったが、個人的な推量では一ヶ月はかかるであろう作業量を
彼はたった一週間で終わらせてしまった。

同じレベルにいた私は全くついていけず、一週間後には天と地の差だった。
同じ時間習熟していても、これほどの差が出るのか、と唖然とした。
結局私は同じレベルには辿り着けぬまま、彼の功績でその仕事は終わった。

数ヶ月して彼はJavaを理解し「大体どんなものでも言われれば組む」と言っていた。
実際その通りで、彼が仕事で実現できないものなどほぼなかった。
更にはこだわりを詰め込む始末で、これが天才なのだと理解するに時間はかからなかった。

実際彼は、今では国と対等に仕事をしており、
その技術力は更に酷い(?)事になっているだろう。
一年に数人程度しか選ばれないスーパークリエイターにも選ばれている。

私は技術者の道を閉ざした。
彼が同期でいる以上、私は彼に勝てないと確信したし、
何よりそれが自分の道ではないと判断したからだ。
彼のおかげで今の自分がいるのは間違いが無い。
彼がいなければ、他に何を目指せばいいのかもわからず技術屋をやっていただろう。
私は彼がいる事で一つの結論に導かれたのだ。

「技術者を目指すのではなく、技術者がやりたい事を支援する人間になろう」

彼を見ていて思った。
コミュニケーション能力に欠ける、と。
大変失礼ではあるが、侮辱ではない。
技術に費やす分、人と関われる時間はその分減る。
会社ならばともかく、学生だったのだから当然だ。

一般的に言われるオタクやマニアの類だった。
でも彼の輝きはそんな一言で終わらせられる代物じゃなかったし
そんな事が些細な事であるように思えるぐらい技術力は高かった。
けれど、彼の実現したい事、やりたい事をする際に必ずそれが壁になる。
今後を技術者として生きていくであろう彼にとっては、その壁を壊す人間が必要だ。

その当時、本気でそう思い、私は技術者ではない道を探した。
クリエイターや技術者達が思い思いの作品を創り、生み出し。
そしてそれを売る、売れる土壌を作ろう、と考えていた。

結論から言うと、それは無茶だった。
そもそも売る為に作られたものではない「芸術作品」とも言うべきものを
買いたい、というニーズがなかった。しかし、そこで私はやっと気付いた。

ニーズがあるところに売ればいい。
そしてそのニーズが何なのかを知り、そのニーズに答えるものを作りたい人の作品を
売っていけばいいんだ、と。
単純ながら、これが私にとってのマーケッターとしての第一歩だったように思う。

その後、今日に至るまで技術者としてではなく、技術者を使う側の人間として。
私は人から何と言われようと、コピー屋であり、卑怯者であり、しかし自負のあるプランナーとして。
活動をするんだと胸に秘めてきた。

……これがウォズニアックとジョブズの関係とまでは言わない。
だが、ジョブズはウォズニアックを見て、恐らくは技術ではない違う方向で
彼と共にやっていこう、そう考えたのではないだろうか。
私と同じ様に。

偉大なプランナー、ジョブズ
私が彼をリスペクトする要因はそこにある。
技術者ではない私には、ウォズニアックよりもジョブズこそがリスペクトの対象だった。

類稀な才能を持つ技術者を見て、それをどう使うのか。
言い方は酷いが少なくともお互いの為を思って、動く。
理想的なパートナーであり、コンビだと感じた。

ジョブズとウォズニアックのような関係になりたい。
勿論、彼らだけでAppleを生み出したわけではないが、最初はそうだった。
だからそれをなぞるように、そうでありたいと心の底から思う。

そして、世界に大きな革新を生み出してきた様々な製品たち。
これらもジョブズがウォズニアックを見たことによる、技術者の利用によって
生み出された来たものではないのか、と感じる次第。

技術者はAppleという組織を通じて、その技術を表舞台に出すことが出来、また利益も得る。
Appleはその技術者のおかげで組織として財を成し、成功を収める。
互いが互いに持ちつ持たれつの関係。
そしてその状態こそが大切なのだ、とジョブズはわかっていたように見える。
片方が満足するのではいけない。両方が満足する。これはビジネスの鉄則だ。

技術者の力を良く理解し、気持ちを理解し、技術の向かう方向を知る。
技術力はなくても、技術者を使おうとする人は自然とそこに力を向ける。
そして生まれるのは、その技術を最大限利用した最高の作品だ。

だからこそ、彼は偉大な「プランナー」であったのではないか、と。
少なくとも私はそう思い、ここに追悼の意を捧げる。

ありがとう、ジョブズ。
あんたほど、まだ全然馬鹿になれてないし、貪欲でもない気がするけど。
今じゃ周りから怒られるぐらいに、自分の心に忠実に生きれてる。

いずれ、ジョブズを超える人間はいくらでも出てくるだろう。
今の私はそれが楽しみだ。
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