2012 05
28
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フリーから常駐案件へ入って、数週間。環境変化で感じた事

カテゴリ:雑談 タグ :

皆さん、お久しぶりです。
えなみんです。

かれこれ一ヶ月ほどブログをお休みしていました。
週の終わりに「書き溜めしよう、書き溜めしよう」と思いながらもついぞ、月末になってしまいました。
実際のところ、現場に入ってからそこまでキツイのか、と言われるとそんな事はなく。
確かについていくのに必死ではありますが、まだまだ序の口、といったところです。

ただ環境の変化に体が中々順応してくれない為に、一週目の後半で胃を壊してしまいました。
フリー期間が長いと、単純な通勤すらも苦痛で、ストレスが溜まっていたようです。
今でもストレスが溜まると胃にきます。
癖にならないようにしたいところですが、胃がやられたぐらいでへこたれるわけにもいきません。
ここは根性の見せ所、そして若さで乗り切るところなのかな、と。

今日は現状の報告を踏まえ、今感じている事をつらつらと書きます。


Web業界では、フリーから会社員に戻ると、まるで失敗したかのような扱いを受けることがあります。

「フリーでやっていけなかった」

というようなレッテルを貼られるわけですね。
フリーでやっていく、というのは個人事業主なので、事業に失敗したと取られるわけです。
あながち間違っていませんが、起業してからの就職と比べると大分お手軽ですので、同じ土俵で扱うのは微妙ですね。

ちなみに私はどうだったかと言いますと、フリーでは十分やっていけていた方だと自負しています。
安定的な収入が得られるように、月極案件もいくつか持っていましたし、案件を紹介してくださる方もいました。
フリーになる前から自主的に活動をしていたのが功を奏したのか、案件に困るような事態は少なかったですね。
勿論厳しい時期もありましたが、死ぬほど苦しい、というわけでもありませんでした。

さて。
では、そんな私が何故フリーという皆憧れの働き方を捨ててまで、常駐案件に入ったのか。
理由は単純明快ですが、複数の理由が込み入っています。

安定して案件を請けていたとはいえ、その内容はまぁ良くても数十万円程度の案件です。
しかもそれが毎月ずっと続くわけではありません。
時には数万円の仕事を幾つもこなしたりしながら、日々生活をしていたわけです。
働き方としては、私個人としても理想的でしたが、如何せん金が溜まらんのです。
むしろちょっとした出費があれば、すぐにマイナスになってしまうような状態。

収入が安定しない、というのが常に不安要素の一つでした。
生活する分は安定して稼げても、その先は? と考えると不安が拭えません。
自分の将来を考えたときに、いまいち希望であったり、光明が見えなかったわけです。

フリーで仕事をし始めると、自分の出来る仕事を選んでしまいます。
というのも大きな仕事を請けてもこなせない可能性が高く、またこなせなかった場合無収入になるからです。
出来る範囲でチャレンジは出来ますが、無茶は出来ません。
無茶が出来なくなるとどうなるか。自分の技術力の届く範囲でしか仕事が出来なくなります。

結果的に技術力の向上はあまり見込めず、今もっている技術力だけでやっていく事になります。
はっきり言って、技術力、能力が向上しない人間はいずれ取って代わられます。
しかも私程度の技術力を持った人間は腐るほどいますし、これからも出てきます。
となると、いずれは年齢的な都合などで弾かれてしまい、生活すらままならなくなります。
少なくともこの業界で食べていく事は難しくなっていくでしょう。

無茶な事が出来るのも、エネルギーがある間だけです。
年を取ればそんなエネルギーも枯れ果ててしまい、若い人にどんどん追い越されます。
そんな中、若さがある間にフリーで仕事なんていう事をしていては、時間が勿体無い。
若いうちは死に物狂いで仕事し、技術・知識・経験を溜め込むのです。
そしてその財産を使いながら、また溜めながら、生きていく。

若い内から楽を選んでいては、いずれ後になって苦しくなる。
そして後に訪れる苦しみから逃れる事は難しく、その苦しみは若いときの何倍にもなります。

今回の現場は大きなところで、プロジェクト自体の規模も途轍もないものです。
超一流の人間だけが集まる環境に、入れる事になったわけです。
このチャンスを逃す手はありません。

勿論、フリーとしてやってきた経緯がありますから、早々に決断は出来ませんでした。
ただこのチャンスというものも若い内にしか訪れません。
チャンスを見逃す人間は、いずれ運にも見放されます。
食いついていかなければならない、最後のチャンスかもしれない、と思い、飛び込んだのです。
このチャンスというのはきっかけとして十分に大きかったと思います。

新しい環境になって強く感じている事は「世の中、力が全てだ」という事実です。
ぶっきらぼうな言い方になりますが、力のない人間はこの世の中において何の価値も持てません。
それを嫌というほど体感させられています。

例えば技術力一つとってもそうですが、私は現場の技術力に全然追いついていません。
となるとエンジニアばかりが集まっている現場において、私に発言権は殆どありません。
技術的な裏づけが出来ない時点で、私の発言など誰も聴きもしません。当然です。
進言したり、提案したりする事は出来ますが、それはとても「基礎的な事」だったりするのです。
迂闊な発言は自らの立場を危うくするだけであり、途轍もないプレッシャーがあります。

また、同じ現場にいる人間は超一流です。
ですから、結果を残せば「出勤するも、休むも自由」というスタンスです。
それは私も同じなのですが私はそもそも「結果を残せない」為に、むしろ人一倍頑張らねばなりません。
技術力がある、というだけで選択肢の幅が全く違います。

力が全て、と言うと汚く聞えますが、力はそのまま選択肢の豊富さに繋がります。
力の使い方、と言いますがそれは力ありきの話です。
権力であれ経済力であれ、何かしらの力を持っている人には様々な選択肢が与えられます。
逆にそれらの力がない人に選択肢というものはありません。あるように見えているだけです。

「通勤で車が欲しいけどお金がない、でも電車で行けるからいいや」

というのは選択しているように見えますが、実際には電車しか選択肢がないだけです。
これが経済力を持つ人の場合

「近くに家を借りる・買う」
「車を買う」

など選択肢が増えます。
選択肢の豊富さは、人生の豊かさにも繋がると考えられます。
であれば、力を得る事に全精力を注ぎ込む事は至極真っ当な事です。

金や権力に走る事を日本人は美徳として毛嫌いする傾向がありますが、本来逆であるべきです。
むしろそういった力に惹かれ、全力疾走する人こそ、人を幸せにする素晴らしい人間であると言えます。

新環境になり、私はそういった力を手にしようと思うようになりました。
フリーランスでもやり方次第では、こういった力を手にする事は出来ます。
ですが私は性格上、どうしても怠けてしまう為に喝を入れる環境が必要だったのです。

まずは一年。
たった一年ですから、今の現場でやれるだけやってみようと思います。
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コメント
  1. たかし
    2013年04月06日


    常駐で合わない現場にいかされるとアウト、もしくは、仕事紹介してくる代行屋や経営者てろくなやつがいないと思います。昨年物なくし、対応する大手の一次請けがくず企業リーダーそこの下なんで、退職強要昨年2回されました。今年うつったものの、そこのブランクのおかげで精神力を崩し、まともなシステム作業ができないし、前向きさができない。目覚めてきたころにクレームでアウト。次案件が合いそうなとこに、かけますが、一回トラブル癖がつくと続きますよね。人として、見られない職業なんで、最近アルファベットの名ばかりの企業が多すぎるんで、試用期間に粗さがしして、くび差し出す暇があったら、人を信用しろよと言いたい。リーマンショック後詐欺師が増えたわ。
    ダメな業界になり下がるわけだわ。

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