2012 03
21
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目的と目標の明確な定義付け

花粉症の季節になると著しく作業効率が低下します。
鼻と目とがやられてしまい、まともに画面を見てられないからですね。
それに加えて辛さがあり、体力も奪われる為に集中が出来ません。

集中が出来ないと仕事は溜まる一方で、モチベーションの低下にも繋がります。
悪循環を打破する為、花粉症対策をしても、正直大きな効果は望めません。
だから春は嫌いです。
暖かいから好きという人もいますが、それなら秋でも良いだろう、と思うのは私だけでしょうか。
どうしても花粉のタイミングと重なる為、春というニュアンスは好きでも、季節としては四季の中で最も嫌いです。

蛇足ですが、よく使われるこの「嫌い」という言葉は感情を表す言葉であって、意思を示しているだけです。
厳密に解釈すれば本来の意味合いとしては「苦手」と重なり、嫌いという言葉で拒絶し、逃避しているだけだったりします。
ですので私は極力「嫌い」という言葉は使わずに「苦手」と言います。
言葉を理解して使うかどうか、というのはビジネスだけでなく自分自身の成長にも利用できます。
苦手意識を自分自身から認める事で、弱点を露見させる事にも繋がります。
それは自分に与える一種のプレッシャーとでも言うもので、自己成長へのモチベーションになります。

このように言葉の使い方一つを取っても、目的設定をするだけでモチベーションは生まれます。
しかしながら、モチベーションを生み出すために目的設定をするわけではない、という点にご注意。
良くある、とは口が裂けても言えないのですが、少なくとも私の経験上ありふれているレベルで存在しているのが

「手段の目的化」

です。
ここで言う「モチベーションを上げる事」や「言語の理解」が目的になっている事ですね。
それが最終目的地なら構いませんが、この場合モチベーションを上げる事や言語の理解は自己成長する為の手段です。
目的が自己成長で、その手段として言語の理解を挙げ、モチベーション管理をしましょう、という話です。

何事においても手段の目的化は有り得る
Webで例えるならば、ホームページを作る事が目的になってしまっている事です。
不動産で言えば、家を紹介する事、家を見つける事が目的になってしまっている事です。

一見、問題なさそうに見える事が大問題です。
Web屋の目的、というか仕事は確かにWebの制作であり、それで収入を得ているのですから構いません。
しかし本来、クライアントが望んでいるのは本当に「Webの制作」なのか、考えた事がありますか。
私はプランナーという職種で仕事をしており、忌み嫌われる事もありますが、大抵は快く質疑応答が出来ています。
忌み嫌われる、というのは相手の会社の事を根掘り葉掘り聞くからです。
人によっては「コンサルタント」と認識され、上から目線に感じるのです。そんなつもりは一切ないのですが。

違いを明確にする事は難しいですが、改めて定義しておきます。
コンサルタントは企業や個人に接触し、目的を達成するまでのフローを提案し、実現させる手段を構築します。
そしてその手腕や提案能力を含めた、話術的な要素が収入になっています。
逆に言えば「それらしい」雰囲気さえ出ていれば、誰でもなれる職種であり、言葉巧みに操れば詐欺師にもなれます。
意図せずに詐欺師になる場合もあり、どちらにも転べてしまう都合上、非常に難しい職種です。
またコンサルタントは目的を達成させる事が仕事とも言える為、企業個人問わず、目的達成が出来なければ無能です。

対してプランナーというものは、目的達成のフローを提案する部分は同じです。
しかし、実現させる手段を構築するかどうかは別問題で、仮にそこまでお願いされたとしても責任は持ちません。
プランナーが持つ仕事というのは、目的達成の計画や設計書を作成、企画・立案して提案する事であり、実現が目的ではないからです。
何故、実現が目的ではないのかと言うと、そこまで責任が持てない事と能力が低い事を自覚しているからです。
あくまで資料作成や企画の提案は出来るが、そこから先の実現能力に乏しいからこそのプランナーなわけです。
つまりコンサルタントの下位互換とでも言いましょうか。
その分、費用は少なめ、必要以上の接触もなし、上から目線など言語道断なわけです。
経験、レベル含め全てがコンサルタントに劣っているわけですから、当然の事です。

ただ悲しい事に、このプランナーレベルで仕事をしているコンサルタントが多いのも事実です。
そういう人達を私はコンサルタント(笑)と呼ぶようにしているのですが。
実際問題として、コンサルタントと呼べるような目的達成を実現するだけの能力を持った企業・個人はそういません。
もしそんな人達が腐るほどいるのなら、利益を上げ続ける企業ばかりになってしまい、それこそ魔法です。
SEOを魔法のように捉える人もいますが、余程こちらの方が現実的な(?)魔法です。
ちなみに知り合いに本当の意味でのコンサルタントがいますが、月収は300万円を軽く超えています。
実現能力を持った個人の力がどれだけ凄まじいか、よく分かる数字ですね。

さて、大きく脱線してしまいましたが、本題に戻ります。
目的達成において、大切なのは原点です。
Web屋なので、Webを題材に挙げますが、Web制作の目的は何でしょうか。
そう多くはなく、集客や新しい市場の開拓、通販、広告・宣伝ぐらいのものです。

Webというものは元々、広告・宣伝での能力がとても高く、それは情報収集、情報集約能力が高いからです。
同時に販売する、という意味においてはリアルに及ばず、というバランス関係があります。
何でもかんでもWebで売ろうとする人がいますが、それだけWebが売れるなら実店舗はなくなっていくはずです。
ところが実店舗は増え続けますし、実際売れるわけです。
実店舗、一番の強みは手に取れる事、そして五感で感じれる事です。
Webでは未だそのレベルに達しておらず、そこが販売におけるハンディになっている、というわけですね。
商材にもよりますが、基本としての形は抑えておきましょう。

さて、となるとWeb制作の行き着く先というのは企業・個人問わず「利益」になるわけです。
これは決して変わる事はなく、例え趣味で作ったものだとしても、そこには自分にとって「利益」になる何かがあります。
人間は賢いもので、自分が確実に損をする行動を取りません。
もし取っているように見えたとしても、捉え方の問題で自己犠牲に対し悦に浸っている場合は、その限りでなくなります。

そしてこの利益が何処にあるのか。
売上に結びつけるなら、その会社や個人がどのようにして売上を上げるスキームを持っているのか知る必要があります。
ビジネスは基本的な型というものがあり、大抵はそのビジネススキームを予測できますが、各社微妙に異なります。
その微妙さこそが、会社毎の味というものであり、強みであり、弱みでもあるわけです。
果たしてこのスキームを知らず、会社の理念、概要、方向性、生き方、人、色、環境。
これら様々な情報を統合して公開するWebというモノを作り出せるのか、どうか。
作り出せたとして、それは「完成されたコンテンツ」と言えるのかどうか。

重ねて言いますが、Webは情報を公開する事に向いた手段・手法です。
つまりは情報を公開し、提供する事にこそ価値があり、その中身次第でWebサイトの価値は決まります。
ならば中身の質を高める為に制作者に何が出来るのか、それは情報を集める以外にない。
どれだけ技術力の粋を集め、つぎ込んだとしても、見た目ばかり整ったところで本質的な意味での価値はない。
技術力というものは、目的を達成、目標を達成する為に必要な「要件を満たす」為に存在し、技術力そのものが目的を達成する事は有り得ません。
どうしても技術者というものは、技術で全てを解決しようとしますが、それは不可能です。
強く言いますが、技術力を前面に押し出した制作会社もありますが、無価値です。
クライアントが作って欲しいモノを作れるかどうかが大切なのであって、作れる水準に達する為の技術力はあって当たり前です。
なければ仕事になりませんので。
あって当たり前のモノを前面に押し出して何をするのか、という話です。
デザインに関しても同じで、デザイン力が優れているから他社と比較しての強みです、とあります。
あながち間違いでもなくそれが強みならば、それでも良いのですが、デザインというものは設計構成であり、クライアントの要望、ヒアリングを聞いた時点で構成というものは確定します。
それこそが商業デザインの限界で、クライアントの要望以上のものは捻出できません。
もしするとしたらそれはアーティストの域で、勝手にやってくれ、という話になります。
いいですか。見た目の大切さではなく、目的が達成出来るかが重要であって、それ以外にクライアントは興味がありません。
デザイン力を求めるのは、デザインが目的達成において重要だと判断しているからで、デザインが目的なわけではありません。
そしてプロではないクライアントの考える「デザインの重要性」ほど疑わしいものはなく、結局デザイン力の高い製作会社に依頼したものの、平々凡々なモノが仕上がるというのも良くある話です。

そしてこれも仕事の中である話なのですが、デザインを重要視するあまり「テキストをないがしろ」にする事です。
誤字・脱字は基本としても、そもそもの文章量が少ない、という事です。
画像は確かに多くの情報を伝える事が出来ますが、明確かつ的確な情報を伝えるには弱いのです。
そのためにはどうしてもテキストが必要で、テキストの質こそがコンテンツの質であると言っても過言ではありません。
サイトの構成にもよりますが、確実にテキストというものは必要となり、商材販売においてもテキスト次第で売上が変わるのはざらです。
Flashサイトは確かに見栄えが素晴らしく、JSを使った動きのあるサイトも見た目麗しいです。
否定する気は毛頭ありませんが、FlashもJSもサイトにおけるコンテンツの質を高め、目的達成により近づく為の手段の一部です。
FlashやJSを魅せる事が目的化し、派手さが強調される事で本来達成したかったはずの「コンテンツ」は雲散霧消します。
手段の目的化によって本来の目的が消える、とてもよい例です。
飲食店や美容院のWebでも最近Flashサイトを見かけるのですが、ローディングが長くスルーする事もあります。
また見た目にこだわるあまり、独特なサイト構成をしておりメニューの場所やコンテンツの場所がわからず、とてもストレスです。
ユーザー心理を踏まえた上で、基本を踏襲する事はとても大切です。
奇抜さというのはインパクトこそあっても、基本が疎かでは無駄です。

非常に長々しくなったので、そろそろお開きにしますが、手段の目的化は技術者は特に。
そしてプランナーのような私は最も避けなければいけない事柄です。
コンサルタントやプランナーが手段を目的化してしまった時点でそのWebサイトの命運は尽きたようなものです。
制作に没頭しているとついつい疎かにしてしまいますが、必ず原点回帰し、目的を明確にしておくことが重要です。


最後に。
目的というのは曖昧、もしくは、大儀的なもので「集客」「収益を上げる」「広告」という大枠のものです。
目標というものは、この目的を達成する為の数的、具体的な指標の事です。
同じ様な意味で使う人もいますが、なるたけどっちがどっちでも良いので使い分けるようにしましょう。
特に資料提出で意図せず、この二つの単語を組み合わせて使うとユーザー、クライアントは混乱します。

冒頭に戻りますが、言語への理解と、言語化する際には意味、意図を考慮しましょう。
ドキュメントは最初で最後の砦でもあり、ビジネスにおいては重要すぎる程のものですので。
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