2011 10
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超人になる為の6つの手掛かり

カテゴリ:精神論 タグ :

今回はかなり長めの記事になります。
読むのに時間もかかると思うので、余裕のあるときにどうぞ。
また私程度が経験した内容で書いているので、物足りなさはあります。あしからず。

人間力。
私の中では、精神的な力のことを指すと判断しています。
器の大きさ、深さとも言えますし、人間として持てる力の総合力だと言い換えることも出来ます。
実際のところかなり曖昧で数値化するのは難しく、漠然としたイメージで伝わります。
その為、ビジネスの指標にする事は出来ず、良い所コピーに使われるぐらいでしょう。
文章としては映えますが、実質的な存在としては役立たず、という事です。

ですが、この言葉が流行し、生まれた背景には人間の力を計りたいという考えもあります。
人材はビジネスにおいてかなり重要な要素です。
それ故、判断できる指標が何かあれば、という想いは各々で持っている事でしょう。

また感覚的なものながら、それを見定める事が出来る人も当然います。
ならば見識眼を何とかマニュアル化出来ないか。
人の心理状況や精神状況を判断し、人間力を見るためのマニュアルはないのか。
そう考えるのはビジネス上の常。
ですが、実際には他人の感覚を人がコントロールするのは難しく、マニュアル化は出来ません。

また難儀な事に、人間というのは自覚する事で己を大きく変質させることが出来ます。
根本的な部分は変わりませんが、表面的な部分は書き換えが可能です。
そんな相手がいたとして、どうやって判断するのか。
結局のところ、一般的には上辺しか見えないというのが現状なのです。

精神的に深い部分を覗く為には、一般論を払拭し、超人となるしかありません。
超人とは鷹の勇気と蛇の知恵を備えた者として、ニーチェが提唱しました。
ざっくり言ってしまえば。

超人とは、創造主の存在を証明できない、真理は時代と共に変節する。
つまるところ信じるに値する存在や真理はこの世になく、一生見つかる事も無い。
善と悪は状況によって変わり、好まれる行動など存在しない。
という考え方を持つ、虚無主義(ニヒリズム)から生まれた存在です。

ニヒリスト達は何も信じるモノがないという現状に絶望するか、それすらを受け入れて
積極的に希望を生み出そうとするか、という二種類に分かれます。
実際にはそう極端に分かれることはありませんが。

この後者が超人と呼ばれる存在で彼らにはこだわるべきものが一切存在しません。
こだわるべきものを自らその場その場の状況によって変質させます。
生死にのみ価値を見出すので、それ以外は自分の事も含めてどうでも良い。
どのような状況であろうと傍観者たる精神構造な為、危機感というものが存在せず
常に第三者的です。それでいて自己という存在がある事を自覚しています。

自らの感覚にすらこだわらないので、人を見る際には人だけを見ます。
先入観や感情といったものが極端に廃されるので、人の行動分析はとても的確。
またこだわるべき寄る辺がないので、人間的な変質をいとも簡単に行います。
いわゆるペルソナの交代を容易く行えてしまう。

ニーチェは超人たれ、と説きました。
現代的な人間力とやらを鍛えるには超人を目指すのが手っ取り早い。
そして人間力を身に付け、超人に近づいた時、世界は変わって見えるでしょう。
人間力を判断する為の感覚がきっと自分だけのマニュアルとして身に付いているでしょうから。

自分がこだわっているものを理解し、コントロールする
決して失いたくないもの、大切なもの。
大抵の人は持っていて、パソコンがないと生きられない、など様々でしょう。
大切な人、と言えば家族を挙げたり、恋人を挙げる人もいるでしょう。

こだわりを完全に失くす事は出来ません。
むしろ、こだわりを失くそうとすることはナンセンスで、状況に応じて変化させるのがベストです。
しかしどんな状況でも必ずこだわる、というのであればそれは固定観念と先入観を生みます。
結果として第三者的観点は身に付かず、主観的です。

こだわる、という事はそれそのものが主観的だからです。
ですから人を判断するときは、判断する事にこそこだわるべきで、それ以外はどうでも良い。

言いたい事は貴方がその分析する対象を「好き」か「嫌い」かはどうでも良いのです。
プラスで言えばそれに対する「必要性」や「意味合い」を考える事も無意味です。
ただ「分析する」という事だけがこだわるべき点なのですから。

他にも絵を描くとき、仕事をする時では違ったこだわりが必要になります。
こだわりを変質させる事が人間的に変質する、一つのポイントです。

個性はこだわりの中に潜む。個性を切り替える
上述した内容からの引継ぎになりますが、個性はこだわりに潜みます。
ある特定のルーチンワークから、その人らしさを見出すからです。
つまりそれを理解し、コントロールして変化させられるのなら、人柄は違って見えます。

無意識ながら、ケースごとに人は個性を入れ替えています。
いわゆる猫を被る、というものですね。
これを意識的に出来るようになれれば、個性はあってないようなもの。

またキャラが掴みにくい人はこれを意識的に行っている事が多いです。
変質させながらも相手をつかめない、という事は相手は自分の上をいっています。
こちらが変質しているのを見越した上で、更に書き換えているわけです。
動きを読まれ、完全に分析されている状態なので、勝ち目はありません。

勉強として相手を観察するのも良いですが、ビジネスならば避けた方が無難です。

他人を掌で躍らせてみる
こだわりを捨て、個性をコントロールする事が出来るようになったのなら次は洗脳です。
言い方を換えれば、教育とも言いますが、洗脳の方がそれっぽいでしょう。

個性を捨て、相手の性格や行動分析がわかるようになってくると、自分も良く見えてきます。
完全に操る必要はありませんが、相手の行動をコントロールしてみましょう。
ちょっとした事から始める事が大切です。

例えば、褒めたら調子に乗る相手を、褒めて調子に乗らせてみる。
馬鹿にすると周囲が見えなくなる相手を、馬鹿にしてみる。
そんな些細な事で構いません。そこから更に深く相手を操っていきます。
ちょっとした行動をコントロール出来るようになると、目的にあわせて調整する事で
最終的に自分がして欲しいことの部分まで誘導できるようになります。
これが掌で躍らせる、という事です。

またこれは強制的に操っているわけではなく、誘導させているわけです。
つまり相手は自分が望む行動を取っている、と思い込んでいるので100%の力が出せます。
むしろ調子に載せられているので120%かもしれません。
これを悪意を持って用いる事を詐欺。善意を持って用いる事を教育である、と私は考えています。

これらは社会全体で無意識に行われ、繰り返されている事です。
他人と接するという事は影響を受けるという事で、それは洗脳であり、教育でもあります。
それら全てを排する事は出来ませんので、受け入れる方が賢い選択です。
全て受け入れて、その上で行動するのが超人なのですから。

大切なものを失い、精神的なダメージを与えてみる
ある程度こなれてきたら、自分の大切なものを処分してしまいましょう。
人は現実的に難しいでしょうが、意識せずなる方もいるでしょう。
むしろそれで自分が既に超人である事に気付く人もいるかもしれません。悲しい話ですが。

物であれば、大して怖くはありませんし、人間関係というのも良いでしょう。
失ってみる事で見えてくるものは多く、失えないというこだわりがそもそもナンセンスです。
私は残念ながら失いたくない、そういう人間関係がある為、こだわりを捨て切れません。
状況的にそうなれば、仕方ないと諦めもつくかもしれませんが、自発的に切る事は出来ません。

ただし、物ならば別です。
私がゲームに傾倒し、マニアックなぐらい好きであることを知っている人は少ないでしょう。
興味のない人からすればどうでも良いことかもしれませんが、ゲームにおいてはデータが全てです。
ソフトよりもセーブデータが大切で、やり込んだ、達成したという、それ自体が宝物なわけです。

私はこれを一度、全て捨てました。
それによって得られたのは凄まじい精神的なダメージです。喪失感、というものですね。
何十万円もかけたオンラインゲームのデータを消去した時には、戦慄すら覚えました。

それを「どうでもよい」と考えるに必要なエネルギーはとても大きかったのを覚えています。
しかしそういった精神的なダメージから立ち直るのに必要なエネルギーがどれぐらいかわかっていれば
次に大しては免疫が生まれます。
あえて、受けることで免疫がつき、こだわりを捨てることに躊躇いがなくなります。
精神的な動揺を少しでも削る事で、常に傍観者でいられるようになるのです。

ちなみに今となってはセーブデータ自体がどうでも良くなってしまいました。
結果としてゲームをするという行為すらもどうでも良くなってしまい、ゲームをするのに理由が必要です。
大抵の事がどうでも良くなるという事は、心の火が消えることでもあります。
次はこれについて述べます。

情熱を灯す為に、情熱を生み出す心を構築する
情熱というのは、人の個性や価値観、性格的な部分から生まれます。
何かを成し遂げたい、何かが欲しいという欲求が表に出る事でもあります。
つまり成し遂げたいという想いや、欲しいという欲求を作り出します。

これはそれを欲しがる状況を仮定として存在させ、自覚させます。
心理学で言うペルソナを書き換えるという事です。
根本的な部分は変えることが出来ないので、限界はあります。
その為、根本にある程度沿ったもの。
つまり自分がこだわりを捨てなければ、という仮定を用意し、かつ何かを欲しがる状況。
好きなものに大して真っ直ぐ突き進むような精神状況を考えます。

後は自分自身に投影して、モチベーションを生み出します。
しかし、自己操作でモチベーションを生み出しても持続しません。
持続させる為の環境を用意する必要もあります。

没入出来るような環境が望ましいでしょう。
物で没入出来るのなら最高なのですが、大抵他人が必要になります。
時には恋人、家族、友人。もしくは全く関係のない人物。
出来る限り身近な人間を選ぶと、維持しやすいですが、離れた瞬間に切れる事が多いです。

ちなみに私はモチベーション維持に物が必要なく、人だけが必要です。
それは根本的に私が「人を愛する」事に情熱を感じるタイプだからです。
人と関わる事以外にモチベーションを高められない為、技術者としては不向きです。
何度もペルソナ入れ替えを試しましたが、持続力が短すぎて使い物になりません。

また更に言うと、人間好きはこだわりをとても捨てにくく、超人に至ることが難しい。
人に対する好き嫌いがない分、人に対してのこだわりは捨てれます。
ただし、人を捨てるという事においては実行が難しく、こだわってしまいます。

けれども私にとってはそれが情熱を持つきっかけにもなっているわけでして。
情熱と冷静さを併せ持ちつつ、というのは出来そうで出来ないので
己の性格には感謝しています。
ペルソナの入れ替えを頻繁に行う必要なく、矛盾を内包できるからです。

精神のスライドコントロールを精密に行う
情熱を灯す事やこだわりを捨て、こだわりを生む。
これら全ての動作は同じ事をしています。
結局はどれも、個性を入れ替えているだけです。

しかも表面的な部分だけ。
難しいと思うのも、それはまたこだわってしまっているからです。
全ての事は簡単で、難しいことはこの世に一つもありません。
とても難しいことも一つ一つの解が結果に結びつくからです。

個性の入れ替えをスムーズに行えれば、それは強みです。
相手よりも優位な立場で物事を進めることが出来るからです。
またストレスも個性による影響が強い為、個性を入れ替えてストレスコントロールも出来ます。

ただしストレスが消えてしまうわけではないので、ご注意を。
あくまで入れ替えて自覚しないようにしているだけで、実際には溜まって行きます。
普通なら爆発する量でも、爆発しない為、気が付くと精神的におかしくなる事もあります。
それすらも気付きにくいので、不安や妙な感情が入り込むときは何処かでストレス発散させましょう。

溜まる量が尋常ではないので、解放するのにも時間がかかります。
ぱーっと飲みに行くぐらいでは解消されませんので、一週間ぐらい遊び倒すぐらいの気持ちが必要です。
面倒なので、毎日発散するのが一番ですが。

まとめ
大分、長くなりましたが結局は個性の入れ替え。
猫を被るという事を、事細かに書いただけの事です。
相手によって立ち位置を変えるのは、当たり前の事です。

それをより深く分析し、相手より優位な立場を取れるようにするために行う。
それが個性の入れ替えであり、こだわりを捨てること、身につけることでもあります。
結果として生まれてくるのがニヒリズムという考え方や、超人という存在。
主観と客観を内包させる、矛盾を持ち続ける存在。

今回はあえて順序を逆にして書きました。如何だったでしょうか。
正直、自分の中にある考えや思考を書き記すのは骨が折れました。
実際のところ上手くかけているのかは定かではありません。

しかし、これが少しでも参考になれば幸いです。
あ、ちなみに。
相手がこれをしているのを知った上で、相手を知ろうとするのは不可能です。
最早対象は存在しないぐらいに思っているのが良いかもしれません。

ただやっぱりそこは人間。
コントロールできないルーチンがあったりして。
またそれも人間らしくて面白かったりする。

だから世界は面白いんですよね。
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