2011 12
12
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SEOとは「Webコンテンツの質を高める技術」

カテゴリ:SEO

皆さん、おはこんばんちは。
今日も寒いですね。自宅で作業なので、それほど影響はないのですが。
それでも田舎で山中なので、寒さはきついです。

営業で外に出られる方らはきっついでしょうね。
着込める分楽だ、とも言いますが、きついもんはきつい。
特に雨降ったりすると、きついっていうか辛い。

明日はUST放送日なのですが、そんな冷える中、熱いトークを繰り広げます。
テーマは皆大好き「SEO」

実は未だにWeb関係の人間にSEOの話を振ると、胡散臭い、と言われます。
SEOが理解されていない現状を示す、証明ですね。
というかWebの人間でSEOを胡散臭いと言う人は、Webやらないで下さい。
とか、ちょっと思ってしまうぐらいには憤っております。

SEOなんてやって当たり前の話。
外部のリンク構築的な部分になってくると、SEO屋の力は必要になりますが。
基本的にコンテンツの質を追求するという一点においては、SEOは昔から変わってません。
にもかかわらず、そのSEOを度外視するって事はコンテンツの質に目を向けてないって事でしょう。
Web屋としては失格だと断言できます。少なくともプロではない。アマ。甘いアマアマ。

興味はあるし、知ってはいるが詳しく知らない、ならOK。
でも先入観から完全にスルーするってのはお話にならない。
Web屋ってのはある意味、情報を扱う種類の人間。
正しい知識や情報を知らないまま放置にするとか、それで何を提供するというのか。
最近、Web関係のブログでも口すっぱく言われていますが、情報収集やめたら成長止まりますよ。Web屋は。

情報を得たものの間違っていたなら仕方がない。
正直、言ってる事少しずれますが、先入観持ってしまうのも仕方ない面は確かにある。
過ちは正せば良いし、失敗は学べば良い。
でも知ることを放棄して、成長を止めたなら、Web業界では生きてはいけない。
それはSEO屋も同じ。

今日は明日の前座、という事もあって毒をもりもり盛っていきますよ。

そもそもSEOって何だ
即答できるのが望ましいでしょう。
検索エンジン最適化、でも何でも良いので。
ただ、個人的に使っているのは検索エンジン最適化の一歩先、という事で。

「Webコンテンツの質を高める技術」

である、と何回も言ってます。
ブログでも、ツイッターでも。それこそ、口すっぱく。
これは個人的にではあれど、広めたい情報で、一般常識にしたいレベルでもあります。

Googleは常日頃から、ユーザーの検索キーワードに対するアンサーを正確にするため、奮闘しています。
その理由は、Google含め、Yahooなども基本的には広告費で稼いでいるからです。
検索内容に対する正確さは、広告への先導(扇動)にもなる為、非常に重要なポイントです。
では検索キーワードに対する正確さ、とは何か、という話になります。

最も単純な回答としては、ユーザーが求める答えが一覧に表示される事。
いわゆる今の検索結果のページそのものが答えである事。
これが正解に近いのですが、問題がいくつか。

検索リテラシー云々の話もありますが、どう検索するかはユーザーに委ねられている。
キーワードが元々用意されているわけではないので、キーワード自体はバラバラになる。
となってしまっては、求めている答えは無限大になり、供給できる範囲を超えてしまう。
これに対してある特定の法則は当然必要になってきます。

そのうちの一つがパーソナライズ。ようは個人情報を格納すること。
個人の検索リテラシーそのものを情報として格納し、Googleアルゴリズムの中でそれを適応させる。
こうする事で、その人の検索レベルに合わせた結果を返すことが可能になった。
が、Web屋やSEO屋にとっては結構鬼門です。
基本的にSEOは全体の結果に対して最適化しているため、個人には最適化出来ない。
にも関わらず、Googleが目指すコンテンツの質の先は個人レベル。これでは仕事にならないわけで。

ならばどうするか。もう答えは一つ。
パーソラナイズされる前、つまり全体表示されている時点でユーザーにそのサイトを「選択させる」必要がある。
ユーザーが好むであろうサイトをパーソナライズでは表示する。
その好むであろう、の中に入れさせたいWebを突っ込んでいく。これはもう本当に第一印象が命。
下手な話、今のGoogleの場合検索結果をブロックする事も可能なので、初見は生死を分けます。

Web屋の怠慢をSEO屋が必死になって修正している
いまやWebは腐るほど存在している。
その中でわざわざ、見辛いサイト、よくわからないサイトを隅々までユーザーが調べると?
それははっきり言って、企業努力が足りてない言い訳をユーザーに押し付けているだけです。
同時に依頼されたWeb屋自身の怠慢でもあります。

SEOというものは、それらの怠慢を「有り得ない」とする世界です。
怠慢そのものがビジネスに大きく響く。
リンク構築や何やらも、コンテンツがあってこそ意味がある。
何故なら上位表示しても、初見でアウトになってしまっては無意味だからです。
自社が持つ大切なリソースを残念なコンテンツに割きたくはない、それが本音でしょう。

ぶっちゃけて言えば、Web屋の怠慢をSEO屋が必死になって修正している。
にも関わらずWeb屋はSEO屋を胡散臭い、と言う。おかしさに気付きませんか?
SEO屋はWeb屋が残した傷を、自らの体を持って修正しているわけです。
またビジネスでもあるので、若干の無茶、そう、言い換えるなら。

めちゃくちゃ安い傷だらけの壷を、必死に修正して、めちゃくちゃ良い壷です、と言うようなもの。
でもその壷を傷だらけにしたのはWeb屋である場合も多い。
安いものは安さが売り。けど、傷がついてしまっては売り物にすらならない。
SEO屋を卑下するのは、自らを卑下するよりもレベルが落ちる。愚か、という域。

確かに残念なSEO屋も多い。
しかし、SEOが「Webコンテンツの質を高める技術」であると知っていれば、どうか。
そもそもそれらはSEO屋なのか? その判断も容易につくはず。
本当のSEO屋と付き合って欲しい。その判断基準を教え、また人も紹介できます。いくらでも。

Web屋こそSEO屋を知るべき。
そして、今後のWebにおいては両方の技術がとても重要になってくる。
専門家同士、共同戦線を張るべき時期が近づいてるんじゃないでしょうか。

とりあえず私は先に行きます。
最前線で戦ってこそ、Web屋の本懐。でしょ。
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